顕正会叱狗論FC2
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教学試験に向けて
問1.あと25年で広宣流布できなければ、「核戦争によって人類は滅亡する」と浅井会長が予言した年は?

(1) 平成19年
(2) 平成25年
(3) 平成33年


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顕正新聞第1327号(平成26年11月25日号)
顕正新聞第1327号(平成26年11月25日号)

謹んで拝し奉るに、大聖人様の御入滅というのは、滅に非ざる滅であられる。ゆえに寿量品の自我偈には

為衆生度故 方便現涅槃 而実不滅度 常住此説法

衆生を度せんが為の故に 方便して涅槃を現ず 而も実には滅度せず 常に此に住して法を説く 

と説かれている。この経文のごとく、大聖人様は一切衆生を救わんがために方便して入滅あそばすとも、実には滅し給わず、常に此に住して法を説き給うておられるのであります。

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顕正新聞 第1273号
顕正新聞   第1273号(平成25年 4月25日号)


日曜勤行・浅井先生指導     

   「 法門を以て邪正を糺すべし 」
   真言等の邪宗は通力で人々を誑かす
   安倍首相は 「 真言亡国 」 を深く知れ


「 唯法門をもて邪正をたゞすべし、利根と通力とにはよるべからず 」

諸宗の元祖等の邪正は、偏に法門を以て糺すべきであって、決してその者の智恵・才覚や通力の有無によるべきではない  ―― と仰せられる。

 仏説を本とせよ「 法門を以て … 」 とは、仏説・経文を本とせよということ。すなわち、その者のいうことが経文に準拠しているかどうかということです。

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蓮盛抄
蓮盛抄

止観に云はく「師に値はざれば、邪慧日に増し生死月に甚だしく、稠林(ちゅうりん)に曲木を曳くが如く、出づる期有ること無し」云云。凡そ世間の沙汰、尚以て他人に談合す。況んや出世の深理、寧ろ輙(たやす)く自己を本分とせんや。(平成新編29ページ)


通解


『摩訶止観』には、「仏法の師匠に値わなければ、邪な智慧(煩悩)が増長し生死の迷いが甚だしく、たとえば密生した林から曲がった木を引き出すように、いつまでたっても抜け出すことができない」と説かれている。

およそ俗世間における処置・裁断であっても、なおもって他人に談合し相談するのである。

まして仏法の深理を求めるのに、どうして自己の浅はかな知恵を本分としてよいものか。



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ニセ本尊23
 23 拝む人に「信力」「行力」があれば、複写本尊でも「仏力」「法力」を発現する、という主張は正しいのですか。


これは、本末転倒であり増上慢(ぞうじょうまん)の考えです。

仏力・法力・信力・行力は四力といいます。その関係について、日寛上人は『観心本尊抄文段(もんだん)』に

「当に知るべし、蓮華は水によって生じ、我等が信力・行力は必ず法力によって生ずるなり。若し水なくんば則ち蓮華生ぜず、若し法力なくんば何んぞ信行を生ぜん(中略)我等、法力により信力・行力を生ずと雖も、若し仏力を得ざれば信行退転さらに疑うべからず」(富要 4-248頁)

と仰せです。


もともと日蓮大聖人の御当体たる御本尊には仏力と法力が具わっており、この御本尊に対して信じ(信力)、唱題を行ずる(行力)ときに四力が合して成仏がかなうのです。「仏力」も「法力」もない複写の「ニセ本尊」に向かって、凡夫がいかに信力・行力を発動しようとも、真実の境(きょう)智(ち)冥合(みょうごう)などありえません。


迷いの衆生である凡夫の信力・行力によって、御本尊に仏力・法力が具わり、本当の本尊になるなどという論は、因果を無視した外道の考えであり、また「我、仏に勝れたり」とする増上慢の極(きわ)みです。



創価学会「ニセ本尊」破折(70~71ページ)


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